次のレベルまであと20    2006.02.04

「だからさあ、いちいち呪文唱えて杖振り回す手間があるなら火炎ビン投げりゃいいと思うわけ。人間がなんで指先が器用だと思う? 道具を使う為だよこのとんちんかんちんが」
「つ、つまりわたくしは、人間以下だということでございますか」
「まあそう思いたいならそう思えばいいんじゃないかな? 結局は、人それぞれの心の問題じゃん?」
 相変わらず酔ってもいないのに泥酔しているかのような管を巻いている勇者は、相変わらず魔法使いの青年をいびり倒していました。この気弱な魔法使い、十年も生きられないと医者に告知されながらも二十年生き長らえている僥倖者で、そのためにこの世の全てに感謝し全てを美しく思う心の清さが災いし、故郷の贅沢な生活が忘れられない勇者とは、まるで割れた一つの硬貨のように相性が良いのでした。残念なことに、相性が良いと思っているのは勇者だけでしたけれど、それでも二人は大体常に一緒に行動をしています。
 馬車の荷台に寝そべってぐうたらしている勇者と、その話につき合わされている魔法使いを、少し離れたところから僧侶の少女が一瞥しました。違う世界から呼び出された勇者のお目付け役を任命されてから二ヶ月、この世を闇に染め変えるため跳梁する魔王軍勢は順調に勇者軍に押されつつあります。けれど、少女は歯噛みをしました。
(このような堕落しきった人間の攻撃性が強いのは世の常です。勇者が偉いのではなく、勇者を支える民草が偉いのです。巫女姫様も何故このような男を呼ばれたのでしょう? これよりもマシな人間など、他にもたくさんいたはずなのに)
 僧侶のほぞを噛む思いは留まるところを知りません。世間知らずの巫女姫様は、白い稲光と共に現れた勇者に一目惚れをしてしまったのです。箱入り育ちほど悪い男に惚れるというのも世の常で、周囲の神官たちが「チェンジで」と耳打ちするのも聞かず、絶対的神性を持つ巫女姫様は、頬を薔薇色に染めつつそっと彼を指差し、「このお方こそ、我らが待ち望む勇者様にございます」と宣言しておしまいになりました。
(ああ、巫女姫様、何故かような愚か者をお選びになったのですか! たとえ魔王を撃退したとしても、その後にはこの者が権威を振るって人々を支配する第二の魔王になるに相違ありません。最初に巫女姫様の心を奪ったのが何よりの悪しき証。私が、私が巫女姫様を――世界を救わなくては!)
 爪を小さく噛んだ後、白いローブを翻してその場から姿を消した僧侶に気付いた者は、誰もいませんでした。何故ならば僧侶はあまり役に立たず、前線に出してもらえなかったので、勇者も魔法使いも剣士も格闘家も踊り子も忍者も聖騎士も彼女の存在を忘れていたからです。
「ところで勇者様、火炎ビンとはどのようなものでしょうか」
「なに、そんなことも知らないのかよ。ダメだなあ、インテリは。火炎ビンは、ほら、あれだ。コンビニかどっかに売ってる」
「コンビニ?」
「いや、違ったかな。百貨店かな。まあ売ってるよ、どこかに」
「なるほど。勇者様のふるさとは、武具の流通が盛んなのですね」
 硬貨のような二人がのんびり話している中、馬車はからからと道を歩み始めました。踊り子と格闘家が二頭の馬を操り、勇者と魔法使いと剣士が荷台に座ります。忍者はいつも姿を見せませんが、戦いの時になるとふっと湧いて出るので、馬の腹にでもくっついているのでしょう。聖騎士は根暗で存在感が無いので、荷台の端で座り込んでいるのですが、誰も彼に気付きません。僧侶には最初から最後まで誰も気付きませんでした。
 馬車で次の町まで移動し、時折遭遇する魔物たちを適当にやっつけながら、勇者はぼんやりと自分の身の振り方について考えていました。せっかく棚からぼたもちの勇者の座を手に入れたのですから、このまま終わってしまうのはどうにも情けない。どうせならもう少し偉くなってみたい。そうだ、世界を脅かす闇の軍勢、魔王軍をどうにかこっちに手懐けられないだろうか。いや、いっそ魔王と手を組んで、二人で世界を支配するなど、どうだろう。もちろん魔王は後でこっそりやっつける。その後にあの美人の巫女姫と結婚するのも良いな。そうすれば世界は自分のものだ。うむ、なかなか刺激的で良いじゃないか。
 僧侶の杞憂はまったく的中していたのですが、僧侶の存在に気付かなかった仲間たちは、それについてまったく気付きませんでした。
 ふと勇者は隣に座る魔法使いを見ました。魔法使いが身構えて、どんないびりにも耐えられるように心を強く結んだ時、勇者はにやりと口元を歪ませました。
「なあ、この間ちょっと戦って引き分けた魔将軍、美人だったな」
「あ、ああ、夜巫女ですか。巫女姫様と対を成す存在で、魔王の一人娘の。強い人でしたね」
「対を成す? 知らないなあ、なにそれ」
「巫女姫様が貴方を呼んだように、夜巫女も強き者を呼ぶことが出来るようです。まだ誰も呼んでいないのは、余裕があるからか、それとも呼ぶべき者が見つからないのか、どちらかでしょうね。巫女姫様は夜巫女を嫌悪していらっしゃいますが、お互い鏡のような存在なので、いがみ合うのも悲しいものです」
 夜巫女は魔将軍であり、剣士であり、魔法使いであり、魔王の一人娘であり、美人なので、巫女姫様は世界中の誰よりも夜巫女が嫌いなのです。誰も見ていないところでぺっと唾を吐いてやりたいくらい嫌いなのです。自分の美しい銀髪を指して、あの者の黒髪ったら根暗でおたくっぽくて陰険で鬱陶しいったらございませぬ、と小声で罵倒するほどです。
「ええ、でも確かに、美しい方でした。巫女姫様が我々の太陽であらせられるなら、あの方は月影のようです。魔王軍勢も、あの方を光として我々と戦っているのでしょうね」
 勇者はにまにま笑いを更に深くしました。心の奥にまで覗き込んでくる勇者の絡みつくような視線に耐え切れず、魔法使いはのけぞります。
「お前さあ、あの子にさあ、惚れてるだろ」
 魔法使いはあまりに吃驚して、飛び上がって荷台からずり落ちそうになりました。心の清い青年なので、勇者の下卑た野次には勝てるはずもありません。耳まで真っ赤にして、「なななな何を何を」と誤魔化しても言葉にならず、ますます勇者は嬉しそうに笑みを深くするばかりです。
「いや、いいのいいの。敵とか味方とか、そんなの、愛の前には無力じゃん? そういうシチュって人気あるよ? 俺、応援してっから。恋の応援団長になっから。頑張れよ、な」
 ばんばんと魔法使いの細い肩を叩きながら、勇者は心の中で高笑いをしていました。いい駒を見つけたぞ、なんとしても魔将軍と魔法使いをくっつけてやろう。魔法使いは俺の舎弟だから、魔将軍がこっちに来ることになって、ほらあっという間に魔王軍勢のいくらかをゲットだぜ。俺ってマジ天才。目指せ世界の王。超えるぜ魔王。
 そんな勇者の野望に、混乱のきわみにいる魔法使いには気付くはずもありませんでした。荷台の隅で聖騎士が「じゃあ僕、応援団員になるから……」とぶつぶつ呟いていたことにも、気付くはずがありませんでした。
 そんな具合で、からから進む馬車はやがて魔王城にやってきました。いよいよ最後の戦いです。
「みんな、よくここまで来てくれた。あと一息だ! オラに力を分けてくれ! 諦めたらそこで試合終了ですよ!」
 勇者は、死ぬまでに一度言ってみたかった台詞で仲間を励ましつつ、腹の中では途中で夜巫女をつれて戦略的撤退をするつもりでした。魔王の前には部下であり娘である魔将軍が立ちはだかるのは当然のことです。口の上手さには自信がありましたから、さっきから緊張でかちかちに固まっている魔法使いに彼女の興味を向けるのは容易です。
 魔王城の中で襲い掛かる魔物たちをやっつけながら内部へと進み、中庭に出た時、果たして、そこで待っていたのは黒髪の美しい夜巫女でした。色とりどりの鮮やかな夜の花が咲き誇る中、黒真珠をあしらった長剣を手に、挑むように勇者達を睨みつける相貌は、眩暈がするほど魅力的で、魔法使いはちょっと貧血を起こしたようでした。
「来たな、害虫。お前の横暴も今日で終わりだ。今まで迷惑をかけた人達に謝りながら我が剣を墓碑とするが良い」
 あら、と勇者はちょっと鼻白みました。思ったよりも素直で清い心の持ち主のようです。これはますます丸め込むのは簡単でした。
「戦いは避けられないようだな。俺としては無為な争いはしたくないんだが」
「お前が言うか、この害悪」
 憤慨したように八重歯を剥いて唸る夜巫女に、勇者は神妙な顔で首を振りました。
「確かに、俺は勇者という立場を利用して、民間の協力者たちの好意に甘えすぎた。土足で家にあがりこんだし、箪笥を漁ったし、戸棚の金をかっぱらったし、壷を割ったし、光物が好きな魔物を追いはぎした。カジノに入り浸って国の金を使いまくって全部スった。けれど、それは全て俺一人の責任だ。ここにいる仲間は、平穏に生きたい、それだけを願う普通の人間だ。だから、もしお前に慈悲の心があるなら、殺しあう前に、彼の命を賭けた想いを聞いて欲しい。彼の、お前を愛する気持ちを!」
 するどい指先で魔法使いを示し、高らかに宣言する勇者。魔法使いはあまりにびっくりしすぎて完全に呼吸を止めてしまいました。夜巫女はぽかんと口を開けて、勇者と魔法使いの顔を交互に眺めます。「がんばれ、がんばれ……」と聖騎士が口の中で応援をします。やがて夜巫女は顔を真っ赤に染めて、剣を抜きました。
「ぐ、愚弄するな、害毒めが! 戦いの前に姑息な手で我を懐柔するなど、無礼にも程がある」
「愚弄しているのはお前の方だ! 人の想いを無碍に斬って捨てる権利なんて、誰にだって無いはずだ!」
 うう、と呻いて夜巫女は唇を噛みます。未だ固まっている魔法使いをちらちら見て、どうすべきか、どう答えるべきか、困惑しきっていました。あらまあ、と勇者は思いました。想像していたよりも純粋で素直な上に、どうやらうぶのようです。甘言を弄することに関しては世界一であると自負する勇者にとって、これは赤子の手をひねるよりも楽な仕事でした。
「お、お前、なんとか言ったらどうだ。これ以上、我を侮辱するつもりなら」
 その小さな一言で、はっと肺の存在を思い出した魔法使いが、大きく息を吸って吐きます。そして戸惑いつつも、控え目に夜巫女を見つめました。
「わ、わたくしは」
「う、うん」
「わたくしは、貴方を」
「うん」
 その時でした。もじもじしている二人を切り裂くように、鋭い声が割って入ります。
「そこまでです、勇者よ! 巫女姫様を陥れたその達者な口、今ここで縫い付けて差し上げましょう!」
 誰もが驚いて中庭の奥から飛び出した少女を見ました。それがいつの間にか消えていた僧侶であることに勇者たちが気付いたのは、会話が進んで暫くしてからでした。
「どういうことだ? 俺が何をしたと言うんだ?」
「私は気付いたのです。世界を救う為には、魔王を倒すよりも、まず全ての害悪である駄目人間の勇者、貴方を倒さなくてはならないことを。夜巫女殿、彼の甘言に騙されてはなりません。私達はお互いのため、まず彼をやっつけるべきだとあれ程申し上げたはず」
 夜巫女はぱっと身を引いて、深く頷きました。
「そうだったな。すまない、僧侶殿。では呼ぼう、あの公害を倒す為の、強き者を」
 そう言って、剣を大地に突き立てた夜巫女は、目を伏せて両手を広げました。黒い剣はやがて紫色の光を放ち始め、その黒い稲妻のような光芒は中庭全てを覆います。この中庭は、土の下に呪術的な紋様が施された、召喚儀式のための神殿だったのです。桃色、水色、黄色、白、赤、あらゆる花の花弁を巻き上げ吹き散らしながら、紫の光は流れて膨張し、やがて弾けました。ばしん、と目を覆うばかりの光の後、そっと目を開けた勇者の目に映ったのは、舞い散る花びらと、大地に刺さる黒剣の後ろで倒れ臥した夜巫女だけでした。
 おや、失敗かしら、と勇者は思いました。夜巫女が呼ぼうとした勇者の相手の姿は見えません。光は消えて、先ほどと同じ暗雲の下の中庭は、花の芳香に溢れているだけです。
「夜巫女殿!」
 気弱な魔法使いが珍しく声を上げて夜巫女のもとへ駆け寄ります。術で力を全て出し切った夜巫女は、心配そうに傍らで膝をつく青年を突き飛ばす事も出来ず、辛そうに悪態を吐きました。
「あっちへ行け。くそ、なんてことだ、失敗だなんて。花は散り損じゃないか」
「この中庭の花は、貴方が育てたのですか?」
「魔将軍が庭師で花が好きで悪いか。殺すなら殺せ、さもなくばあっちへ行け」
「いいえ、どちらも嫌です。僕は貴方の側にいたい。貴方の側で、もう一度この中庭を花で満たす手伝いがしたい」
 それは魔法使いの一世一代の愛の告白でした。誰もが、特に勇者と聖騎士が固唾を飲んで見守る中、夜巫女は頬を染めて魔法使いから目を逸らし、ぽつりと呟きます。
「どうしてもって言うなら。考えてあげても、良い」
 勇者は飛び上がって喜びました。ばっちり目論見どおり! 今年はなんて良い年だ!
「ばんざーい! ばんざーい!」
「良かったね、良かったね……」
 皆が二人を取り囲んで祝福している最中、中庭を見下ろす尖塔から泣きながら魔王が落っこちてきました。
「話は聞かせて貰った。おお、いつかこんな日が来るとは思っていたが、娘よ、こんなにも早くどこの馬の骨とも知らぬ男の物になってしまうとは。私は悲しい。だが微妙に嬉しい。なんだこの未知のときめきは。おおお、とにかく貧相な人間よ、娘を不幸にしたら百回石臼で擦り殺してやるから神妙にいたせ」
「お父様、別に私はまだそんな」
「うむ、みなまで言うな。これぞ天が与えた千載一遇の良き日。勇者よ、今こそいがみ合ってきた我らと人間、手を取り合って生きてゆかぬか?」
 それを聞いて、万歳三唱をしていた勇者は飛び上がりました。そりゃ困る! 一緒に生きていくんじゃなくて、俺と魔王が一緒に支配していかなくては。ふむ、しかし感涙にむせぶ魔王はどうやら話を聞く暇も無さそうだ。ここでやっつけてしまおうか。元々そのために勇者として呼ばれたわけだし、魔王の座は諦めるとしても、まあ仕方ない。ここが妥協点だな。よし、残念だがやっつけよう。
 完全に祝賀会になっている中、勇者はそっと魔王の背後に忍び寄り、剣の柄を握りました。誰も彼に気付いていません。ぽかりとやろうとしたその時、しかし突然、ぽかりと誰かに背後から殴られました。
「誰だ、痛いな」と憤慨して振り返った勇者は、一瞬唖然とした表情を作った後、真っ青な顔で震え上がりました。勇者の頭を殴った人間は、仁王立ちで鬼の形相をしています。そして中庭を引き裂くような怒鳴り声を上げました。
「何してんの、孝之! 二日三日も勝手に外泊したと思ったら、こんなところで遊んで! あんた来年受験でしょ! 最低でも偏差値20は上げなきゃ駄目だって散々言ってるでしょ! あんた人生舐めんじゃないわよ! こんな子に育てた覚えはありません! さあ帰るよこの馬鹿息子!」
「お、お母さん、待って、もう少しで俺、世界を」
「ふざけんじゃないわよ! 世界と大学とどっちが大事なの! そんな子に育てた覚えはありません!」
「すいません、ごめんなさい、もうしません、調子乗りました、勘弁してください」
 耳を掴まれ引き摺られる巫女姫様の勇者は、夜巫女の呼んだ最強の者に敵うはずもなく、二人もろともぽっかりと空いた異世界の穴へと消えていきました。
 そして世界には魔物と人間が手に手を取り合う穏やかな平和が訪れ、魔王城の中庭には絶える事無く美しい花が咲き誇り、勇者を失った巫女姫様は日々増え続ける夜巫女のファンに対して苦い思いをなさることとなりました。




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